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神田紅
芸人は七十歳で一人前
そこからは自在の境地です

女優としての挫折、一心に打ち込んだ芸事の数々――気がつくと、すべてが講談師という一本道に続いていました。私の座右の銘は、故・神田山陽師匠の言葉である「万芸、一芸を生ず」。今日の自分が夢中になれることを探し、追い求めています。
Vol.36(2009年5月)
講談は日本語独特の音色の美しさを伝える仕事

私の講談との出会いは25歳のとき。駆け出しの女優で、市原悦子さんの付き人をしていた頃です。私は泣くことができない女優でした。市原さんは天 才肌で、泣けと言われたらホロリと涙をこぼせる。限界を感じていました。

そんなとき耳にした講談は、まるで和風ジャズでした。お経のように腹の底に響き、心の琴線にふれる言葉の音色に得もいえぬ境地に。それが神田山陽先生に弟子入りしたきっかけです。

当時、講談は男の世界でした。女が飛び込むことで話題を呼びましたが、講談界の風は厳しかった。そんな中、山陽師匠はすべてを認めてくれたんです。女優としてダメ出しをされてきた私に「君は天才だね」「面白いね」と。

人って褒められると、謙虚になるんですね。師匠は褒めた最後に「ちょっとつっこみが弱いね」と指摘をくれる。そうなると、もう必死に頑張るんです。

女優時代に芸域を広げたい一心で日舞やタップ、声楽とあらゆる芸事に挑戦しました。講談師になってその経験が生き、ミュージカルやタップを取り入れた新しい講談が生まれました。

師匠の口ぐせは「万芸、一芸を生ず」。すべてが芸につながる。だからなんでもやりなさいと。私を既存の型にはめ込むのではなく、私が最大限に生かされる道を開いてくれたのです。

今は、古典を現代に復活させるために力を注いでいます。長く語り継がれてきた物語は、磨き抜かれています。でも、古典のまま復活させても意味がない。現代風なエッセンスを吹き込むと躍動しはじめる。一方、新作では古典の語彙が欠かせません。古き良き日本語は、物語をゆたかに彩ってくれるのです。講談師には、日本語の美しさを伝える役割があると思っています。

全身呼吸の発声で若返る

最近は一般の方を対象に紅講談教室も開いています。普段、声を張り上げることってあまりないから、皆さん夢中で楽しんでいますね。

講談は腹式呼吸ならぬ、全身呼吸。大声を出すことって、じつは最高の健康法です。女性の寿命が長いのは、おしゃべりするからだと思うんです。

教室からは「紅もみじ葉」という弟子も誕生しています。紅葉はずっと専業主婦で50歳から始めたんです。あまりの熱心さに特例として認められて以来、講談界は高齢デビューが増え、「紅葉現象」なんて言われています。

紅葉は私より二つ年上。「歳をとった」の言い訳は一切できなくなりました(笑)。思い立ったときが始めるとき。早いも遅いもないんですね。

芸人は七十歳で一人前芸が枯れると、名人芸が生まれる

がむしゃらに走り続けて気がついたら講談歴30年。師匠には「芸人は70歳で一人前」と言われてきました。ようやく自然体で、納得のいく高座ができ るようになる歳だというのです。

歳を重ねると記憶力が弱くなるのも事実。ただ、忘れる部分というのは、さほど必要ない部分だったりします。

むしろ私は忘れることは研ぎ澄まされていくことだと感じています。講談師は百以上の物語を覚えますが、歳をとると忘れてしまうものもある。する と、その人らしい作品だけが残っていく、生涯をかけて凝縮した芸だけが手元に残ると思うのです。それが名人芸だと。

70歳を迎えたとき、自分に何が残っているのか楽しみです。そこからは自在の境地。かつての山陽師匠のように、自然体で自分から湧きあがってくるも のだけでお客さんに語りかける高座が果たせるときだと思っています。

 
 

1952年生まれ。早稲田大学商学部中退。女優を経て79年に講談師二代目神田山陽に入門。紫、緑とともに「カンダーラ」トリオを結成し、タップダンスを取り入れたミュージカル講談『へんぜるとぐれてる』でデビュー。85年二ツ目に昇進、89年真打に昇進。『芝居講談マダム貞奴』『マリリン・モンロー』『紅恋源氏物語』などオリジナル講談、泉鏡花や芥川龍之介作品の講談など、独自の芸で女流講談師の道を切り拓く。2008年、日本講談協会副会長就任。

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