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成田真由美
自分を信じて、 可能性を追い続ける

「パラリンピック」という言葉が、多くの人に知られるようになったのは、「成田真由美」さんのご活躍によるところが大きいということを否定する人はいないでしょう。数々の大舞台を経験している成田さんではありますが、実際にお会いして、目線を同じくしてお話をすると、とても明るく気さくな方……競技者であり、車椅子に座っていらっしゃるということを忘れてしまうほどです。 成田さんのパワーの源は何か、お尋ねしてみました。
Vol.38(2009年11月)

大嫌いだった水泳が私を自由にしてくれた

13歳で車椅子生活になるまでは、私は走るのが大好きで、どちらかと言えば運動は得意でした。でも、「水泳だけ」できなかったんです。プールの授業は毎回見学。車椅子生活になっても、バスケ、スキーなどいろいろスポーツをしましたが、水泳はしませんでした。

ところが、23歳の時に仙台で試合があるから出てみないかと誘われて……当然最初は断りました。でも「仙台」という言葉に惹かれたんですね。もしかしたらおいしいものが食べられるの? って、それが水泳との出会いです。不真面目な動機ですよね(笑)。それから生まれて初めて水泳に真面目に取り組みました。まず、水に入って感じたのは、「自由だ」ということでした。水の中では体は軽いし、動き回るのが楽なんですよ。すごく新鮮で、とても嬉しかったのを覚えています。今でも水の中は心地いいし、唯一自由を感じられる所です。

大嫌いだったものが、大好きなものになるなんて、本当にあるんだなって自分でも不思議に思いますけど、私だからそうなったのではなく、誰にでもあり得る話なんだと思うんですよ。しかもそれでパラリンピックに出てメダルを取るのがなんて、自分が一番驚いています。ただ、泳げるようになったら世界の舞台であるパラリンピックに出たいという気持ちが湧き、次はライバルに勝ってメダルを取りたいという気持ちになってくる。

その気持ちを満たすためには、練習をするしかないんです。苦しいし、辛いですけど、それに耐えて結果を残したからこそ得られたものは、かけがえのないものです。メダルも大事ですが、それ以上にたくさんの出会いを経験できたこと、それが私の宝物なんですよね。

「もう、歩いていた頃の感覚は忘れました」と言う成田さんの身長は実は174センチ!(写真右)
獲得したメダルは金15個、銀3個、銅2個。金15個のうち1個は、今は亡き生涯のライバル・ドイツのカイ選手に贈り、1個は神奈川県で展示。(写真中、写真左上)
成田さんの車椅子の前輪は、回るとカラフル。「こんな車椅子もあると知ってもらいたいんです」と成田さん。(写真左下)

体調管理と同じくらい安らぐ時間も大切

私、パラリンピックに4回出ましたが、アトランタの後、あるマスコミの方から「パラリンピックなんて半年もすれば世間から忘れられますよ」と言われたんですね。それ以来私は、なんとかパラリンピックを大勢の人に覚えてもらおうと、積極的に取材に応じ、私にできることはなんでもやりました。

私、「車椅子だからできない」というの、嫌なんです。もちろん車椅子になった当時は、人に見られるのも嫌だったし、「なんで自分が」と思って、毎日落ち込んでいました。でも、ある日気づいたんです。目の悪い人がメガネをするのと、私の車椅子のどこが違うのかって。それから気が楽になりました。考え方次第で自分をコントロールできるんだって。つまり、車椅子は私の「足」なんです。だから私は町を「車椅子で歩く」と言います。

それで、最近町歩きをして気づいたことがあります。以前に比べて、駅や施設などにエレベータやエスカレータ、そして車椅子用のトイレや駐車場は増えました。でも、使えないことが多いんです。エレベータは階段を使える人でいっぱい、駐車場にはポールが立っているか健常者の車が止まっている、車椅子用のトイレを健常者が煙草を吸うために利用している……それを見た時は、まだまだ設備以上に、人の心の中の壁を感じますね。

人は遅かれ早かれ、体が不自由になります。「いつかの自分のために」、誰もが心地よい社会作りを皆さんに始めていただきたいんです。私は、一人でも多くの人にパラリンピックを見てもらうために、もう少し現役で頑張ります!見ると、体が不自由であっても動く機能をフル活用すれば、「何かができる!」ということを必ず感じていただけますから。

 
 

1970年神奈川県生まれ。13歳で突然脊髄炎を発症し、車椅子生活に。23歳で水泳を始め、1996年アトランタ大会からシドニー、アテネ、北京と4大会連続でパラリンピックに出場、計20個のメダルを獲得。その活躍より「水の女王」と言われ、園遊会にも招かれ、川崎市市民栄誉賞、内閣総理大臣賜杯、パラリンピックスポーツ大賞・最優秀女子選手賞など数々の賞を受賞。現在、2012年のロンドン大会を目指す。講演も多数。日本テレビ勤務。

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