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田代 美代子さん
『愛しちゃったのよ』から45年。
病を乗り越えて歌い続けています。

昭和45年に和田弘とマヒナスターズと歌った『愛して愛して愛しちゃったのよ』のヒットでおなじみの田代美代子さん。今年デビュー45周年を迎えた今でも、あの歌声は健在です。しかし、人気絶頂のさなかに病に倒れ、10年近く芸能界から遠ざかっていた時期もありました。そんな苦境を経て、今に至るパワーの源とは?
Vol.41(2010年8月)
順風満帆な仕事の日々を奪った突然の病

歌を始めたきっかけですか? 女子校育ちの私が共学の大学に入り演劇部に所属したら親に反対されて。演劇部はあきらめたのですが、何か好きなことをさせてほしいと親に訴えて「シャンソンをやりたい」と。それで父のご縁のあった石井好子先生のもとへ通う日々が始まりました。大学の授業の後にノートと一緒にレコードや楽譜を抱えてレッスンに行くようになったんです。まったくの素人だったのにあれだけの先生に弟子入りをお願いしたなんて、 今思うと畏れ多いのですが…。

やがて「銀巴里」や「ホテルオークラ」で歌い始め、そこでビクターの方の目にとまって昭和40年の2月にレコードデビューとなりました。デビュー曲はイタリア映画の主題歌『赤い砂漠』。その頃は時代がよかったので毎月新曲を出させていただきました。ある時、ビクターの廊下でマヒナスターズのリーダーの和田弘さんとばったり会って、すれ違いざまに「ああ、『愛しちゃったのよ』が見つかった」と言われたんです。ずっとその曲の歌い手を探していらしたそうですが、当時の私にしたら「人前で、愛しちゃったのよ、と歌うなんて」と恥ずかしい思い。でも、おかげさまでその曲が大ヒット。その後は歌だけでなく、映画、ドラマ、舞台、テレビ「小川宏ショー」の司会者レギュラーなど、たくさんのお仕事に恵まれていきました。紅白歌合戦にも出場しました。

そんな仕事に燃えていた人生が暗転したのは、デビューから9年経った時。地方の仕事先で倒れてしまったんです。膵臓炎でした。そのまま長い入院生活を余儀なくされ、休業するしかありませんでした。退院して実家に戻った時、ちょうど庭の剪定した植木を燃やしているところへ楽譜もすべて一緒に燃やしてしまったの。歌への思いを断ち切ろうとしたんですね。それからは庭で花や野菜を育てるなどして日常生活のなかに楽しみを見出して暮らしていました。休業というより引退同然でした。

インタビューはあるショーに出演の後にお時間をいただいた。美代子さんの歌に観客は時に微笑み、時に涙する。この日も涙ながらに握手を求めるファンの姿が…(写真左)
たちまち売れっ子になり、忙しくも楽しく歌っていた日々。(写真右)

恩師の死の悲しみも乗り越えて

それから10年くらいして、好子先生から「そろそろどう? また歌いなさいよ。もう元気になったし、亭主がいるわけじゃないし」と言われまして、再デビューとなりました。すでに『愛しちゃったのよ』からは長い時間が過ぎていましたから、歌謡曲ではなく本来好きだったシャンソンをまた歌い始めたんです。そうやって気づいたのは「ああ、こんなに歌が好きだったのか」と、私にとって歌があることに心から感謝しています。それからはずっとライブやコンサートを中心にたくさんの場で歌うことができて、幸せです。

つらい病気の経験がありますから健康には気を配っていますが、いちばん大事にしているのは食事。私の造語ですがモットーは「菜食健美」、野菜をたっぷりいただきます。お散歩が好きで、よく自宅のまわりを歩いては花など季節の変化を見つけて楽しんでいるのも健康にいいのかもしれません。そうそう、歌っているとその歌のなかで恋したりときめいたりする感情を味わっていられますね。

この夏、47年間ずっとお世話になってきた好子先生の訃報(2010年7月)は大きなショックです。すてきでおしゃれで心配りのある方で、歌の恩師というだけでなく憧れの存在。私の母が亡くなってからはまさに母のような存在でもありました。ずっと歌い続けていくことがいちばん先生が喜んでくださることかなと思います。これからはジャンルにとらわれず、いろんな歌を歌っていきたいですね。今年後半はまたいくつか新曲のレコーディングがありますし、45周年の感謝をこめて定例のコンサートではいろいろな演出をしています。好子先生の享年は87歳でしたから、その年齢になるまで「好子先生、美代子歌っていますよ」とがんばる姿を見ていただけたらと願っています。

 
 

1943年東京生まれ。明治学院大学在学中に石井好子氏に師事。やがてデビューし『愛して愛して愛しちゃったのよ』が大ヒット。病気のため一時休業、10年後に復帰し現在に至る。歌だけでなく、ユネスコの「世界寺子屋運動」などの福祉活動、健康などの講演活動にも積極的に取り組んでいる。父の仕事の都合で高校まで10年近く過ごした北九州市の観光大使でもある。

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