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奈美悦子
明るいキャラクターで、バラエティ番組などにも引っ張りだこの奈美悦子さん。
8年前に難病を発症し、壮絶な闘病生活を経験なさいました。
「医者じゃなく、自分が治す」そんな強い意志で難病に立ち向かった奈美さんのお話を伺いました。
Vol.49(2012年8月)

私の病気が発症したのは、2004年1月7日。今でもはっきり覚えてます。【掌蹠膿疱症性骨関節炎(しょうせきのうほうしょうせいこつかんせつえん)】といって、骨が石灰化していく病気です。まず手のひらに湿疹が出たんですよ。次に鎖骨の下が痛くなった。医者に診てもらったけれど、原因は分からないと言われました。北から南、全国の50か所以上の病院に行きましたが、いろんな科をたらい回しにされた挙句、見立ては殆ど同じ。毎日、地獄のような痛みでした。お産の痛さが究極だと思ってたけど、もう完全にそれを超えた痛み。激痛で失神し病院に運ばれたこともありましたし、痛さで歯を食いしばったせいで、歯を2本折りました。発症してから1か月足らずでその状態になったんです。

病院めぐりをしているうちに、自分の病名がなんとなく見当がついてきて、掌蹠膿疱を専門としているお医者さんが秋田にいると聞き、その年の9月末に診てもらいました。結局そこで下された診断は、この症状の中でも数パーセントの横綱レベルです、と。おまけに、完治するかどうかも分からない。唯一処方してもらえるのは、ビタミンH(別名:ビオチン)だけ。

この時点で私が確信したのは、「医者は患者の苦しみは分からないし、病気を治してはくれない。治すのは患者本人」ということでした。医者から知識や知恵をもらったら、あとは自分との闘い。自分の強い意志しか自分を治せない、と。

この病気は、良くなったり悪くなったりという、緩解期(症状の安定)と憎悪期(症状の悪化)を繰り返す。じゃあ緩解期を出来るだけ長引かせるように自分で努力してみようと、肚を括りました。そこから猛勉強を始め、一番大事なのは「食べ物」だと行き着いたんです。

全世界の医療関係者の報告をまとめ、70年代に発表された「マクガヴァンレポート」を読むと、理想的な食生活は江戸中期以前の日本食。江戸中期以降には脚気が流行るんですが、これはミネラル不足で、その原因は白米。それ以前は精製していない玄米や雑穀を食べていたから、ミネラル不足になることもなかったんです。

野菜は旬のものを食べることで野菜が持つ栄養を100%摂取できる。さらに、採れたてのものが一番酵素が多い。じゃあ体に本当にいいものを食べようと思ったら、自分で作るしかないと、野菜作りを決め、小麦、白米、砂糖などの精製食品の摂取も止めました。

その流れで、雑穀にも興味を持ち、今は「雑穀エキスパート」を経て「雑穀アドバイザー」の資格を取得しました。栄養学はもちろん、調理や美容のスキルも必要で、雑穀の普及を目的とした資格ですが、受験者は医療従事者や食のエキスパートが多くて、芸能人は私一人。必死で勉強した甲斐あって何とか合格できました。

また、腸内は「免疫の要」と言われていて、免疫力を上げるための大事な器官。腸に食物を留める時間が長いほど悪いガスが溜まるんですが、それを溜めないために、食物繊維をたっぷり取ることも大事です。

私が大切にしているのは、何事に関しても「まだまだ」という気持ちを持ち続けること。病気だからって、きれいでいることを諦めるなんて、自分にとってはあり得ない選択です。肌もボロボロ、疲れ切った様子では、絶対に人前に出たくない。読者の方々も、もう●歳だからって思うのはやめて、諦めない、トライする気持ちを保ってほしいですね。「やりたいときが適齢期」、私はそう思っています。

 
 

1950年生まれ。奈良県出身。中学生の頃、西野バレエ団に入団、全国1500人の中から選ばれ、団で特別個人レッスンを数年間受け16歳でデビュー。1967年高校在学中に『文五捕物絵図』(NHK)に出演しドラマデビューを果たす。2004年「掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)」のため芸能活動を一時休業。完治しない病気ではあるが現在は小康を保ち、バラエティ番組を中心に活躍中。

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