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間寛平さん
地球を一周して学んだ、
支えあうことの大切さ。

マラソンとヨットで世界を一周し、人類初の快挙を成し遂げた、間寛平さん。たくさんの人に支えられ、2年1ヶ月の歳月をかけて4万1000キロを激走。アースマラソンの体験について、お話を伺いました。
Vol.52(2013年5月)

ギリシャに「スパルタスロン」という大会があって、246kmを36時間かけて不眠不休で走る過酷なレースなんですが、それに出たり、24時間テレビで走ったり、ちなみにあの企画で走ったのは僕が最初なんです。当時は、まだ40代の頃です。ところが、52歳の時にサンフランシスコの山岳マラソンに、100マイルの獣道を26時間以内で走ったら勲章がもらえるというんで挑戦したんですが、28時間かかったんです。体力が落ちたなと思いました。55歳過ぎたらもっと体力は落ちるだろう。だったら、60歳までに何かやれることはないか、ずっと考えるようになって、そうしたらゴルフ帰りのクルマの中で突然、「地球一周」がボーンと頭のてっぺんに、神さまのお告げみたいに降りてきたんです。

世界五大陸マラソンはすでにフランス人がやっていたので、だったら北緯35度でぐるっと世界一周をしようってことで「アースマラソン」がスタートしたんです。陸地は自分の足で走り、海は風力のみを使ってヨットで移動する地球一周プロジェクトです。3年掛けて準備しました。仕事の合間に、1日50km走れるように体力をつけたり、セーリングも練習。59歳になってやっとスタートすることができました。

大阪から東へ走り、千葉県の鴨川港からヨットでアメリカ大陸を目指します。  真冬の太平洋を渡ったヨットは、後にも先にも私が初めて。風の力だけで進むので、24時間状況判断しなくてはいけません。真っ暗な海で、タンカーにぶちあたったら終わりですし、時化では突風と大雨、見たこともない波に襲われたこともあります。かたや、凪に入ってヨットが全然進まないこともありました。海の色が油の様にテカって見え、5時間近く身動きでないんです。ロサンゼルスに到着するまで、2ヶ月半掛かりましたね。

アメリカ大陸では、14州を118日間をかけて走りました。ニューヨークから大西洋へ出て、海の上で60歳の誕生日を迎え、ヨーロッパへ。フランスに入りユーラシア大陸を横断。アジア圏に入り、ここで前立腺がんであることが発覚しました。途中アメリカで放射線治療を受けたあと、元の地点に戻って気温50度を越える砂漠の中を走り切りました。正直、辛かったです。早くゴールしたいって、ずっと考えながら走っていました。

でも、毎日違う風景を見ることが出来たので、耐えられました。ヨットからスペースシャトルの打ち上げも見ましたし、中国では、銃を持った17、8歳の若者が軍のトラックの荷台にいっぱい乗っていて、そのトラックが5〜600台続いて走る光景も見ました。貧しい子どもたちとも出会いました。そんな時は、改めて日本という国は恵まれているなと思いました。

地球を一周してみて思ったことは、やさしい人が多かったということ。そして、どこの国の子どもたちもよく笑うということ。また、感謝も知りました。「人」という字は、支えてもらって人になると小学校の先生が言っていましたけど、本当にそうなんだ、と意味が分かるようになりました。

人が死ぬのは、新しい命が生まれてくるため。死ぬまでは一生懸命頑張って生きていかないといけない。そう思っています。

去年の夏、自分に出来ることは何かを考え、被災地に元気を届けたくて「みちのくマラソン」を企画。岩手、宮城、福島の3県を走りました。これからも、変なプライドは捨て、ふつうに、自由に、自分らしく生きていければいいと思っています。

 
 

1949年高知県生まれ。70年に吉本興業に研究生として入社。74年には、なんば花月で初の座長公演を努める。同年、レコード「ひらけ!チューリップ」で大ヒットを記録。その後も憎めないキャラクターと不条理なギャグ「アメマ」「かいーの」などを連発して、関西で絶大な人気を得る。マラソンは1986年に始め、ギリシャの鉄人マラソン「スパルタスロン」では、3度も完走。近年は陸上競技デカスロンに本格的に取り組み、その普及にも尽力している。

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