栄養補助食品二位いての考え方 研究開発と製品化の流れ
タブ・ハウス
0120-326-236 受付時間:午前9時〜午後5時 ※ご注文は土・日・祝日もお受けいたします。※お問合せは平日のみとなります。
活力のあるシニアが新時代をつくる
HOME 訪問販売に基づく表記 個人情報保護法 サイトマップ
 
猪瀬直樹さん

健康寿命を伸ばして、
人生100年時代を若々しく生きる。

人生50年は昔の話。いまや「人生100年時代が到来した」と語る、作家で元東京都知事の猪瀬さん。実体験に基づく健康寿命の伸ばし方、そして東京オリンピック以後の新しいシニアの生き方を伺いました。

猪瀬直樹さん
Vol.75(2019年2月)
月に60キロ、年間700キロ走破スマホアプリが長続きのコツ

 東京都副知事をしていた64歳のときから、ランニングを日課にしています。きっかけは人間ドッグで血糖値の数値が悪く出て、医師から警告を受けたこと。それまでの僕は歩くのすら面倒な男だったんですよ。信号二つ分でもタクシーに乗っちゃうような。
 走るのなんて、中学校の運動会以来の50年ぶり。最初は300メートルで息が切れました。こうして走り始めて一年半後、東京マラソン挑戦を決めたんです。それまで10キロしか走ったことがないのに、無謀な話でしょう(笑)。しかも準備期間はわずか2か月。僕は計算を緻密に練り上げて練習し、きつい坂が続くラスト12キロだけ試走。結果、目論見通り6時間40分で完走できました。
 いまでは月に約60キロ、トータルで年700キロは走っています。忙しいときや雨の日は走れないから、慌てて月末に「ノルマを達成しなければ!」と帳尻合わせで走り込むことも。
 記録管理にはスマホのランニングアプリが便利なんですよ。昨年は旅行先の初島で走ったのですが、GPS機能を使ってその軌跡も残しています。こうして記録を「見える化」するのも長続きのコツです。

#
健康寿命に欠かせない筋肉体内年齢はマイナス20歳の52歳

 人生100年時代といわれるけれど、ただ平均寿命を伸ばしても仕方ない。肝心なのは健康で過ごせる「健康寿命」をいかに伸ばすかなんです。
 僕はランニングを8年間続けた結果、血圧などの数値も正常になり、筋肉もしっかりつきました。健康維持のポイントは筋肉をつけることなんです。先日、日赤病院で体内年齢を測ってもらったら、52歳。身体は20歳も若かった。
 昨年末は、14歳年下の女性(画家・女優の蜷川有紀さん)と再婚しました。妻を5年前に亡くし、その3年後に出会ったのが彼女。なんと亡き妻と、誕生日と血液型が同じだったんです。
 これからを共に過ごす彼女にも「もっと筋肉をつけて」と言っています。

定年からも活躍する時代もっとお洒落してセンスを磨こう

 いよいよ来年は東京オリンピックの年。かつて僕が招致に尽力した目的はふたつ。ひとつは少子化の進む日本でインバウンド消費(訪日外国人観光客による国内での消費)を増やすことで、国のGDPを伸ばすこと。もうひとつの目的は僕が実証しているように、スポーツで日本人の健康寿命を伸ばすことでした。スポーツ人口の増加は現段階では課題だけど、機会や場所が増えることでスポーツをやる流れになってきています。例えば、フェンシング銀メダリストの太田雄貴くん。彼はエンターテインメント性をもたせたイベントを開催し、競技人口を増やす取り組みに励んでいます。
 人生50年から、100年へ。こうして人生が長くなると、年齢の感覚も変わります。夏目漱石の、立派にひげをたくわえた肖像がお札になったけれど、当時漱石はまだ49歳だったんだ。いまの人なら70歳でやっとあの漱石の顔になる。いまは当時と比べて7割若い、七掛けの年齢と僕は言っています。
 となると、当然働き方も変わってきます。60歳定年を5年増やすなんて話でなく、労働市場を整備する必要がある。高齢になっても自分の専門技術を生かして働き続けたり、起業する若い人のアドバイザーになったりと、もっといろんなことができないといけない。
 それから年配の人がお洒落して、よそ行きで出かけられる場所を増やしたいです。出会いの場、 社交の場が日本にはまだ少ないんですよ。人はやっぱり見た目が大事。だからそうして若々しく、お洒落のセンスを磨いて過ごしていきたいものです。
 かくいう僕だって72歳には見えないでしょう?実際は「52歳」だし、昨日だって5キロ走ったからね。

 
 

1946年、長野県生まれ。87年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で96年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人等の廃止・民営化に取り組み、2002年6月末、小泉首相より道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命される。その戦いを描いた『道路の権力』(文春文庫)に続き『道路の決着』(文春文庫)が刊行された。06年東京工業大学特任教授、07年東京都副知事に任命される。12年12月、東京都知事に就任。13年12月、辞任。15年に財団法人日本文明研究所所長、大阪府・市特別顧問に就任。

タブ・ハウス有限会社 Copyright (c) 2009 Tub House Inc.. All rights reserved.

 

HOME