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60歳を機に政治の世界を退いた元首相・細川護煕さん。引退後は、それまでの超多忙な生活とは一転、豊かな自然に囲まれた神奈川県・湯河原の山居で、穏やかな「晴耕雨読」の日々を過ごしています。
Vol.20(2005年5月)
生命の力を信じて走り続ける私の生き方
 ここ湯河原に移り住んで7年目になります。俗事に煩わされることなく、自分の時間を、自分のしたいことをして静かに過ごす――これが私の暮らしの基本となっています。
 ですから、1日のスケジュールなど特にないですね。気の向くままにろくろを回し、畑が気になれば行って畑仕事をするという具合に、自由勝手にやっています。まあ、大まかに言えば、日中はやきものに関すること、夜は筆を執って書に親しんだり、手紙の返事を書いたり、本を読んで過ごすことが多いでしょうか。「晴耕雨読」をベースに、そこに6年前から始めた作陶が加わったのが、私の日常というわけです。

 晴耕雨読への思いは若い頃から抱いていました。ヨーロッパやアメリカでは、仕事をするだけしたら、さっさと引退して田舎に引っ込み、静かに暮らすことは、多くの人々の憧れです。またインドでは、人生を20年単位で区切り、20歳から40歳までを「勤労期」。40歳から60歳までを「林住期」、つまり隠棲して内省の時間を過ごす時期。そして60歳から80歳までを「遊行期」といい、巡礼してさらに自分自身の人生を考える時期としてきたそうです。
生命の力を信じて走り続ける私の生き方
晩年を、生きることの意味や人生について思索する時であるとする考え方は、洋の東西を問わず、古くからあるようです。「死は前より来れるものにあらず、かねて後ろに迫れり」と兼好さんが言っているように人生は短い。だからこそ、私も今日一日限りという、そんな気持ちで毎日を過ごしていきたいと願っているわけです。

 実は、53歳で熊本県知事を辞めた時、政治の世界はもう終わりにして、晴耕雨読の生活に入るつもりでした。だから県庁を去る際、かねてより私の思いを知っていた職員や記者クラブの人たちからは、スキ、クワ、地下足袋など、百姓道具一式をプレゼントされました。しかし、その時は残念ながらその思いがかなわず、60歳になって、ようやく念願の晴耕雨読の生活に入ることができたのです。

 湯河原の家はもともと祖父母が温泉保養のために求めたもので、祖父亡き後は祖母が80代後半で亡くなるまで住んでいました。3歳で母を亡くした私は、子どもの頃からよく湯河原の祖母のもとに遊びに行き、大人になってからも足繁く訪れ、いつしか、将来自分が住むのはここしかないと思い定めてきました。

 その湯河原の家を「不東庵」と名づけ、やきもののための工房を作り、茶室「一夜亭」もしつらえて、私の怺ユ居揩フ場としています。
 新聞はとっておらず、テレビもほとんど見ません。昼食時にニュースをやっていれば、つける程度。それでも世の中のことはだいたいわかります。多すぎる情報は、かえって物事の本質を見えなくしますからね。

 結婚式には出席しません。葬式にも行きません。パーティーもお断り。私は前々から人との儀礼的なつき合いは嫌いでしたが、政治家時代は仕事柄、そうも言っていられませんでした。しかし、今は自由です。行きたくなければ行かなければいいのですから。

 総理経験者は、外国の元首の方が来られると、皇居の晩餐会や総理官邸のパーティーなどにご案内いただきます。「ブッシュ大統領が来日されたから、来てほしい」とか。けれど、私は1度も行ったことがないですね。
 たまに近くの箱根あたりへゴルフに行きますが、一緒にプレイするのも学生時代のゴルフ部仲間とか、気を使わない連中ばかり。ややこしい話をする人は、すべて敬遠しています。(笑)
生命の力を信じて走り続ける私の生き方

私が晴耕雨読の毎日を送る一方、妻(佳代子さん)は、スポーツを通して知的障害者に社会参加と自立を支援する「スペシャルオリンピックス日本」の理事長として、精力的に活動しています。東京の家をベースに、全国を飛び回っています。特に今年は2月26日から、スペシャルオリンピックス冬期世界大会が長野で開催されましたし、大忙しでした。

 湯河原の住まいでは、息子と一緒に暮らしています。偶然にも、私とは別のところで息子もやきものに興味を持ち、何の相談もなしにその道に進んでいましてね。今は彼もここで作陶し、窯焚きの時など、私のアシスタントをしてくれています。

 ですからここは男所帯。食事は1週間に2回ほど、ご飯を作りに来てくれる方を頼んでいますが、普段は自炊。息子が作ったり、もちろん私も……。といっても、私の場合、おもちを焼くくらいですが。(笑)

 やきものは、5年前、知り合いの個展を見に行ったのをきっかけに、自分でも作りたくなり、始めました。私はスポーツでも何でも、初めに「これ」と狙いを定めたら、中途半端ではおさまらず、ある程度のところまで到達しないと満足できないタイプです。そんなわけで、妻からは変人扱いされるのですが、カルチャーセンターかなにかで少し習ってやめるようなことはしない。実際、スポーツならばテニスでもスキーでも、二十歳頃に始めたものは、今もずっと続けてやっています。

 そんな性分ですから、やきものにも没頭していきました。初めの1年半は、奈良の陶芸家のもとに弟子入り。それも押しかけです。朝から晩までひたすらろくろを回し続け、私よりも10歳くらい年下のその師匠から、「しつこいおっさんやな」と言われるほど。(笑)

 ろくろを回していると、その時の自分の気持ち、精神が作品にあらわれてくる。面白いですね。土そのものも、自然のものがもつ力ゆえか、向き合っていると素直な気持ちになれる。畑の土いじりも同じですね。

 それにしても、永田町時代とはまるで異なる生活。ストレスもなく、体のコンディションはいいですよ。畑の手入れや庭の草むしり、大工仕事と、適度に体を動かす作業をするからでしょう。

 この先、何年生きるかわかりませんが、私は「残生百冊」として、古典を中心に読む本を決めています。百冊はちょっと多すぎるのですが、身辺にこれはと思う本を常に携えて自由に読める喜びは、まさに晴耕雨読の醍醐味。人生を楽しむ秘訣は、「いやなことにかかわらない」「好きなことをやる」に尽きるでしょう。これからも、このスタイルを続けていくだけです。

取材を終えて

湯河原の山裾の傾斜地にある細川邸は、「庵」というにふさわしい佇まいでした。庭には枝垂桜の大樹、母屋の前には恁}春花揩アと雲南黄梅、他にも椿やヤマボウシなどなど、季節を彩る花樹の数々が植えられています。その庭や、あるいは山に分け入って採った花を活けるのも、細川さんの愉しみとか。

 風の音、鳥の鳴き声……、時には猿の訪問もあるという「不東庵」。土をいじりながら「ネクタイ?いや、ほとんど締めないなあ」とおっしゃる細川さんは、元総理というより、すっかり草庵の主の風情です。その「晴耕雨読」の日々についてお話を伺って、人生の残りの時間をいかに生きるか、そのヒントをいただいた気がしました

ほそかわ もりひろ(67歳)/1938年、細川家18代当主として東京に生まれる。上智大学法学部卒。朝日新聞記者を経て、参議院議員。熊本県知事を2期8年務めた後、1992年、日本新党結成、代表に就任。翌93年内閣総理大臣に。98年、衆議院議員を辞職。政界引退後は神奈川県湯河原の自邸「不東庵」で晴耕雨読の日々を過ごすと共に、作陶も始める。陶芸家として各地の百貨店や古美術店で個展を開催。03年にはパリの画廊でも個展を行った。

 

 
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