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新しい何かを始めることにいま、胸をときめかせています
 

デビュー以来、その清楚な美貌で東宝の看板女優としてキャリアを重ねてきた司葉子さん。結婚後は、女優の仕事に加え、衆議院議員の妻としても多忙な日々を送ってきました。夫の相沢英之氏は昨年、政界をリタイア。司さんにとって、「ちょっと、ひと区切り」という今の心境を伺いました。

選挙で心身を鍛えられました
 

 これまでずっと、走り続けてきた人生だったような気がします。デビューしてから結婚するまで、女優として仕事一筋でした。来る日も来る日も、家と撮影所を往復するのみ、本当によく働きましたね。映画二本、さらに舞台、テレビと、同じ時期に四つの仕事をかけ持ちしていたこともあったのです。

 結婚した時、主人は役所勤めで(当時、相沢英之氏は大蔵省主計局次長)、しばらくは少しのんびりできましたが、それも束の間、やがて子育てと仕事の両立で、息が切れそうな忙しさが始まりました。

 母親として精いっぱい子育てをしたい。子どもに迷惑がかかるようではいけない。一方、面白くなっていた仕事は途切れさせたくはないし、やるからには手は抜きたくない。二つの思いを抱え込み、どちらも全力で頑張ろうと無我夢中でした。 そのうち、主人が大蔵省をやめ、衆議院議員に立候補。

以来九期連続当選させていただいたのですが、選挙中は、妻の私も体がいくつあっても足りないほどの忙しさ。選挙区である鳥取と東京を何度も往復し、週に四、五回は飛行機に乗っていました。 私が選挙の手伝いに専念できる時はまだいいのですが、困ったのは仕事と重なった時です。

 私たち夫婦は結婚当初から、互いの人生を尊重し、相手の足を引っ張らないよう心がけてきました。困った時にはもちろん助け合う。けれど、それ以外の時は、その時々で、自分のやりたいことを精いっぱいやろうと。だから、私も仕事を続けることができたのです。

 ところが、舞台の予定は二年前、三年前から決まっています。片や、衆議院はいつ解散になるかわからない。そして解散となれば、すぐに次の選挙の準備です。予定が立たないという点では、まるで、いつ爆発するかわからない爆弾を抱えているようなものです。

 私の舞台と選挙が重なった時、私は自分の仕事を最優先に考えてはいましたが、やはり、選挙のことは気にかかり、そちらに時間を割かねばならないこともありました。それでも、年に二本の舞台の仕事は確保してきました。

 女優の仕事と、代議士の妻としての役割……休む暇もないほどの忙しさの連続でしたけれど、その経験の一つひとつが私を鍛えてくれたのも事実です。
 選挙運動期間中は本当によく歩きました。それこそ、地球を何周したかわからないくらい。でも、その昔はひ弱だった私が今こうして元気でいられるのは、選挙の時に、これ以上は動けないというほどよく動き、さんざん歩いたことによります。

おかげで、しっかり体は鍛え直され、基礎体力をつけることができたのです。 そうそう、時間の使い方も上手になりましたね。たとえば旅行の予定がある時は、一週間前からトランクを開いておき、気がついた時にその都度、必要なものをぽんぽんと入れておく。これなら、出発前に慌てずにすみます。

あるいは、家の二階に物を取りに行く時は、手ぶらでは決して行かない。ついでに持って上がるものを必ず手にしているとか……。時間がなければないなりに、工夫したわけです。 

植物とともに生きる
 

  私は子どもの頃から、花や樹といった植物が大好きでした。私の原点は植物にあるといってもいいくらいです。生まれ育った鳥取県境港の家の庭は様々な花や樹木で埋め尽くされ、メンドリやサンショウウオ、十数匹のシェパードなど、動物もたくさんいました。私は豊かな自然の中で、動植物に囲まれて育ったのです。

大人になってからも、「植物と一緒に生きること」は私の人生設計の中で欠くことはできず、家の建築では、植物に環境のいいテラスを作ることをまず考えたほどです。
 花や樹と共にある生活は私にとって、かけがえのないもの。よほど忙しくない限り、一日に一回は必ず庭を見回り、植物と対話します。花や樹を見ていると心は癒され、疲れも吹き飛んでしまいます。

 植物好きが高じて、伊豆・修善寺の競輪学校の一角には、私のローズガーデンがあります。美しいものは弱いとよく言われますが、花を見ていると、そんなことはなく、強くてたくましいことがわかります。ローズガーデンには、冬に咲くバラもあるのですが、寒さに懸命に耐えて開花する、その美しさといったらありません。

 そのバラを切って家に持ち帰ると、私は水切りをするなどして長くもつようにし、いよいよ花の終わりに近づくとドライフラワーにします。花瓶に挿して1ヵ月、ドライフラワーにして半年以上、美しいままの姿を少しでも長く、最後まで愛しむのです。
 舞台の幕が開くと、楽屋見舞いによくランをいただきますが、1ヵ月の公演後に捨てられるのが可哀想で、私はいつも必ず家に持ち帰ります。

すると、半年くらいは咲き続けます。わが家に来ると花も長く咲くようです。「お客さんが来るから、その日に咲いてね」「お正月に咲くといいな」とお願いすると、ちゃんとその日に咲いてくれる。「生きているものを育てている」「共存している」という意識で世話をすると、植物はちゃんと応えてくれます。そんな花たちに、私は支えられています。

今はひと区切り
 

 デビューして五○年になります。私の出演作を整理してくださっている方によると、映画が一三○〜一五○本。舞台は四○〜五○本くらいとのこと。「えっ、そんなに?」と自分でも驚いています。

日本の映画界がいちばん盛り上がっていた時期に、成瀬巳喜男さん、小津安二郎さん、黒沢明さんなど、素晴らしい監督さんの作品に女優として多く参加できたことは、とても幸せなことで、私の財産です。

 今は舞台が中心ですが、できればこれからも年に二つぐらいの作品に出演は続けたいですね。 主人は昨年、政治の世界を引退しました。私自身も、「もう、そんなに急がなくてもいいんだな」と、ひと区切りついた気持ちです。

これまでは運命と偶然の織りなす流れのままに進んできましたが、今後は自分の人生をじっくり考え、自分の意志に従って、やりたいことをやって歩んでいけたらと思っています。

 演技の面では、これまで忙しくてなかなかできなかった女優としての勉強をもっと深めたい。そしてもう一つ、人間として、生きる上で基本的なことも学んでみたい。一般の方にとっては当たり前のことが、私にはやれなかった部分も多いので……。 欲張っていますけど、両方うまくやれればいいと思っています。

少女時代、習い事を始めると、十年くらいで何とか形になったものです。これから新しいことを始めても、十年後には、マスターできているはず……。それを目指し、私は今、やりたいことをあれこれと模索しているところです。

 

 つかさ ようこさん

1934年(昭和9年)鳥取県
生まれ。共立女子短大卒業後、大阪の新日本放送(現毎日放送)に勤務している時に、東宝にスカウトされ、『君死に給うことなかれ』で映画デビュー。以来、東宝の看板女優として活躍、66年『紀ノ川』でブルーリボン主演女優賞など数々の映画賞を独占。舞台にも活躍の場を広げる。69年、当時、大蔵省の官僚だった相沢英之氏と結婚。2003年、紫綬褒章を受賞。

 
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