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一九七三年に人気を博したNHK「新八犬伝」の人形美術に始まり、舞台、衣装デザイン、ジュエリーデザインと多方面にわたる活躍で、国内外で高く評価されている辻村さん。幻想的な辻村人形の世界が広がる「ジュサブロー館」で、ものづくりに対する熱い想いを伺いました。
Vol.27(2007年2月)

 私が一歳の頃、筆とそろばんと人形を並べたら、迷わず人形を選んだと、母が私に話してくれたことがあります。それほど、人の形をした人形に惹かれ、物心つく頃から、見よう見まねで作っていました。生家は満洲で料亭を営んでいました。華やかな着物を着た芸者衆が出入りするような環境で、美しい世界への憧憬は強まるばかり。ですが、時は戦時下。ましてや私は長男で一人っ子です。私の将来を案じた母は、人形作りを止めさせようと、よく私の手の届かない欄間(らんま<-ルビ打つ)の上に、はさみや針を隠していました。
最後の引き上げ船で広島へ。移り住んだ三次という地は、遊郭や芝居小屋がある艶っぽい花街でね。芝居の興行も盛んで、杉村春子先生や、前進座の河原崎国太郎先生といった、素晴らしい役者の芝居を見ることができました。当時、私も演劇部に入っていたから、裏方の手伝いや、ちょい役をもらったりしてね。貧しかったけれど、活気があって、水の合う居場所でした。
二十一歳の時に母を亡くし、上京。歌舞伎の小道具を作る会社に勤めました。伝統的な物づくりを学べたことは、その後の人形制作に大きな影響を与えてくれました。でも、私はチームプレーが苦手(笑)。注文をさばくためだけの組織仕事に満足いかず、もっと集中して自分の仕事をしたいと強く思うようになりました。自分ができることといったら、人形作りしかないと気付き、二十七歳の時、本格的な一歩を踏み出しました。結婚して、長男が生まれたのもその頃です。

  人がこの世に生まれてくるのには、役目があるからでしょう。難産の末、医師からも「長くは生きられないだろう」と云われながら生を受けた私が、今こうして自分の一番好きな人形作りを生業としている。役目が見つかっている私は、何て幸せ者なのかと、心の中で手を合わせているのです。

 創作のイメージは日々膨らむばかりです。ですが、かつて一度だけ、行き詰まった頃がありました。そんな時、ある一人の面打師の方が、私の個展に訪れたのです。初期の頃から私の作品をご覧になっているというその方から、こんな助言を頂きました。
「あなたは、感覚だけに頼っているから壁から抜けられない。 感覚からは技術は生まれない。技術から感覚は生まれるのです」
愕然としましたね。“技術”がないと、人を惹きつけることはできません。人形を作る上での“技術”の大切さを教えてくれたその面打師の方とは、一年後に再会しました。私の新作を見て、その方は言われました。
「人間は、後ろからポンと肩を叩かれた時、一歩前に出る人と、その場で倒れてしまう人がいます。あなたは、一歩前に出ましたね」
それっきり、その方は僕の前に現われていません。 “救いの人”との出会いは、今も不思議でなりません。
“技術”同様、人形作りにおいて必要なことは“想像する智恵”を持つことです。想像力は、人間だけに与えられた力です。例えば、「無」という文字をとりあげてみましょう。「何も無い」という意味ですが、行画がたくさんある字でしょう。「何も無い」のではなく、実は「すべてが有る」という意味を成すのです。一つの文字をとっても、想像力によって意味は無限に広がります。お遍路さんの傘に書かれる「同行二人」の文字も、自分ともう一人?弘法大師と供にいる自分?をイメージするという意味を持ちます。
想像することをやめたら人間はおしまいです。イメージの世界を広げ、高めることは、相手の気持も考えることに繋がります。
自分本位ではなく、相手の気持を想像することで、人は幸せになれるのではないでしょうか。

 「真如の月」という言葉があります。これは、見る人の心しだいで、どのような場所からも見えてくる月のことを言います。その人の心が曇っていたり、汚れていたりすると真の美しい月が見えないのです。人形もまた、心のありかたで変化します。悲しい気持で人形を見ればそのように、楽しい気持で見れば幸せな人形に…。つまり、人形はその人自身の心を映し出す鏡なのです。誰よりも、私にとって人形は、鏡に他なりません。作った時の私の心を恐ろしいほど表すのですから。
 同時に人形は、私に目に見えない創作のエネルギーを与えてくれます。「人形に救われている」という想いがあるからこそ、日々自分の心に問いかけながら、想像力や感性を琢磨せずにはいられないのです。
 また、私は人形作りを通して、一つの考えに到達しました。それは「生まれてきたことがロマンである」ということです。人形は、自分でものを生み出すことはできず、人間の命よりとても不自由です。そう考えると、想像力を持てる人間に生まれてきたこと自体、何て得がたい事でしょう。
何処で、誰から生まれてきたかなどは関係ありません。生まれてきたことが、そもそも素晴らしいのです。

 私には、この世に生み出してあげたい人形たちが、まだまだたくさんいます。自分が渾身を込めて作った人形が、見て下さる方に元気を与えることができたら、私にとってそんな幸せなことはありません。
生命の力を信じて走り続ける私の生き方

「人形師というと、暗い性格とよく思われるのですが、まったく逆。私は根っからのラテン気質です(笑)」と辻村先生。着流しにピアスという個性的なスタイルが、実に粋でいらっしゃいます。先生の作る着物や小物のモチーフに多く登場するのが”兎”。「向かい干支といって、自分の干支から数えて七つ先の干支にあたる人と交流したり、小物を集めると運気が上がりますよ。酉年生まれの私にとって兎が向かい干支ですからね」人生を楽しむ術や想像力の大切さ・・・。辻村先生から多くを学べる有意義な時間となりました。

   
桃の節句には毎年、ひな壇を飾ります。寿三郎さんの向かい干支である
「花うさぎ おひなさま」
歌舞伎作家・鶴屋南北が描いた作品に登場した女たちを艶やかに表現した「南北五人女」のひとつ 近松門左衛門・作の浄瑠璃
を演じる、人形遣いの男た
ちを創作した
「南北三人衆」のひとつ
 
   
「吉原かむろ」は幼く、無垢でありながら、妓の艶やかさを早くも宿した少女の雰囲気が伝わります。 近年はきらびやかな洋人形も手掛けます。自ら人形を操る公演もこの舞台で月1回行われます。 左から「金剛力士(阿形)」「金剛力士(吽形)」「楊貴妃観音」「馬頭観音」。仏像の世界にも寿三郎さんの創作意欲は切り込みます。どこかしらコミカルで素朴な味わいがあります。
 
 
辻村ジュサブロー
1933年11月、満州、錦州省朝陽に生まれる。
人形師、着物デザイン、舞台、映画等の衣裳デザイン、演出、脚本、アートディレクターなど多岐に渡り活躍。その活動は国内のみならず、海外での評価も高い。1996年、東京・日本橋の人形町に「ジュサブロー館」をオープン。数々の作品が展示されているほか、オトリエも公開し、創作中のジュサブロー氏を間近に見ることができる。
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